『ママいつも怒ってる』と言われた。私、怒りすぎてたのかな

「ママ、いつも怒ってる」

3歳の子どもにそう言われた。

最初に出てきたのは、

「え、やばい。私、やり方間違ってた?」

という気持ちだった。

実は、1歳の頃から「私、怒りすぎてるかも」と思うことはあった。

子どもが大きくなるにつれて、できることも増えて、言葉も少しずつ出てきた。

3歳になる頃には、会話もわりと上手にできるようになっていた。

だから私は、いつの間にか、

「これくらい言えば分かるよね」

と思ってしまっていたのかもしれない。

そんなある日、子どもがおもちゃを人に向けていた。

目に当たりそうになって、私はきつく注意した。

もし目に当たったら、怪我をしてしまうかもしれない。

怪我をさせたいなんて思ってやったわけじゃないことは分かっていた。

ただ楽しくなって、遊びの延長でやっただけだったんだと思う。

実際、注意された子どもはキョトンとしていた。

何が起こったのか、よく分かっていないようだった。

私は、

「目に当たったら怪我するかもしれないんだよ」

「危ないからやっちゃダメだよ」

と説明した。

子どもはしょんぼりして、「ごめんなさい」と言った。

でも、その「ごめんなさい」が、

「危ないことをしてしまった」

と理解して言ったのか、

「ママが怒ったから、ごめんなさいと言った」

だけなのかは、私には分からなかった。

それでも私は、

「なんで分からないの?」

と言ってしまった。

今思えば、話ができるようになってきたことで、
私は子どもが理解できることを少し大きく見積もっていたのかもしれない。

そして、そんな頃に言われた。

「ママ、いつも怒ってる」

そこで一気に不安になった。

怒る必要なかったのかな。

まだ3歳なんだから、そこまで求めなくてもよかったのかな。

でも、危ないことは注意しないといけないよね。

やってはいけないことを教えることも必要じゃない?

ニコニコしているママになりたい。

でも、何でもニコニコしていたら、
やってはいけないことが分からないまま育ってしまうんじゃないか。

じゃあ、何歳になったらちゃんと理解してくれるんだろう。

これから先、いつまで私はこんなことで悩むんだろう。

そんなことまで考えるようになった。

子どもに、

「どんなことでママが怒ったの?」

と聞いてみた。

返ってきたのは、

「わからない」

だった。

ますます分からなくなった。

私は子どものために怒ったつもりだった。

危ないことだからやめてほしかった。

怪我をしてほしくなかった。

でも、子どもから見たら「ママに怒られた」という出来事だったのかもしれない。

これって、子どもに悪影響が出ていたらどうしよう。

そう思って、SNSでも答えを探した。

子どもへの声かけや、叱り方、親の接し方。

自分と同じような悩みを探してみたけれど、
SNSにいる「うちの子」と、私の子どもがまったく同じなわけじゃない。

参考にはなる。

でも、そのまま当てはめることもできない。

それなのに、他の人の投稿を見ていると、

「もっとこうしたほうがいい」

「こんな叱り方はよくない」

という情報ばかりが目に入ってくる。

子どものために答えを探しているはずなのに、気づけば、

「私って悪い親なのかな」

という気持ちになっていた。

考えている。

子どものことを考えて、どうしたらいいか悩んでいる。

それなのに、どうしてこんなに自信がないんだろう。

感情もだんだんごちゃごちゃしてきた。

これ以上怒りたくない。

そう思って、少し子どもと距離をとった。

このまま一緒にいたら、また感情的に怒ってしまいそうだったから。

子どもを悲しませたいわけじゃない。

怒っている自分だって、好きなわけじゃない。

でも、怒らないのは無理だと思う。

子どもが悪いことをしたり、危ないことをしたら、やめさせたいと思う。

必要な注意まで「怒ってはいけない」と思ってしまったら、それも違う気がする。

ただ、言い方や伝え方には気をつけたい。

同じ「やめて」という言葉でも、自分の怒りを乗せすぎてしまったときは、あとから後悔する。

あんなに強く言わなくてもよかったんじゃないか。

もっと落ち着いて伝えられたんじゃないか。

そう思うことがある。

子どもにとって何が正解なのか、私にはまだ分からない。

何歳になったら、どこまで理解できるのか。

どこまで注意して、どこから見守ればいいのか。

これからもきっと、何度も悩むんだと思う。

正解が分からないから、イライラすることもある。

「もう、どうしたらいいの!」

と思うこともある。

それでも、自分で考えながらやっていくしかない。

今回「ママいつも怒ってる」と言われたことも、なかったことにはしたくない。

怒ったこと全部を「間違いだった」とするのではなく、

必要な注意と、自分の感情をぶつけてしまうことは違う。

そのことを少し意識していきたい。

今はまだ手探りだけど、いつか子どもが大きくなったとき、

「あの頃はママも必死だったな」

って笑い話にできたらいい。

子どもも私も、まだ成長途中。

今日も正解は分からないけれど、

手探りで、親をやっている。

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